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東京地方裁判所 平成8年(ワ)7094号 判決

原告

ウィリアム・ホセ・ゴンザレス

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

吉田健

藍谷邦雄

被告

国際協力事業団

右代表者総裁

藤田公郎

右訴訟代理人弁護士

宇津呂英雄

右訴訟復代理人弁護士

宇津呂公子

主文

一  原告ウィリアム・ホセ・ゴンザレスが被告に対して、平成九年六月一〇日から平成一〇年三月三一日までの間に三五日の年次有給休暇を取得する権利を有することを確認する。

二  被告は原告ウィリアム・ホセ・ゴンザレスに対し、金七万四〇一七円及びこれに対する平成八年三月一七日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は原告ジェレミィ・エル・ダックに対し、金三万九一七四円及びこれに対する平成八年三月一七日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第二及び第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文第一項から第三項までと同旨。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  被告は、わが国政府の開発途上国への協力・援助(いわゆるODA・政府開発援助)のうち、主として技術協力の実施機関として国際協力事業団法に基づき設置された特殊法人であるが、青年海外協力隊事務局はその一部局であり、青年海外協力隊員の派遣に係る事業等を実施している。青年海外協力隊員の訓練施設として、東京都渋谷区に広尾訓練所、長野県駒ケ根市に駒ヶ根訓練所及び福島県二本松市に二本松訓練所の三か所が開設されており、訓練生に対する語学教育のため、外国人の語学講師が雇用されている。

2  原告ウィリアム・ホセ・ゴンザレス(以下「原告ゴンザレス」という。)は、被告から雇用期間昭和六二年四月一日から翌年三月三一日までの約定で語学講師として雇用され、その後毎年雇用期間一年の契約を繰り返し締結して今日に至っている(乙第九号証、第一四号証、第一九号証、第二七号証、第六九号証)。

3  原告ジェレミィ・エル・ダック(以下「原告ダック」という。)は、被告から雇用期間平成三年七月八日から翌年三月三一日までの約定で語学講師として雇用され、その後毎年雇用期間一年の契約を繰り返し締結したが、平成八年一二月二二日限り被告を退職した(乙第一〇号証)。

4  被告は、平成六年五月二〇日、「青年海外協力隊訓練所語学講師の就業に関する達」(以下「就業に関する達」という。)を定め、同年四月一日から適用したが、その休日及び年次有給休暇(以下「年休」という。)に関する規定は、別紙1記載のとおりである。また、被告は、平成九年六月二六日、就業に関する達を改定したが、改定後の休日及び年休に関する規定は、別紙2記載のとおりである(乙第三号証、第七一号証)。

5  被告は、平成八年三月分の給与(同月一六日支給)から、原告ゴンザレスについては三日と半日を欠勤としてこれに相当する賃金七万四〇一七円を、原告ダックについては二日を欠勤としてこれに相当する賃金三万九一七四円をそれぞれ控除した。

二  争点

1  原告らの主張

(1) 原告ゴンザレスは昭和六二年四月から継続勤務しているから、平成六年度(四月一日から翌年三月三一日まで、以下同じ。)の年休の日数は一六日であり、同原告は同年度中に一〇日の年休を取得した。そこで、残りの六日が翌年度に繰り越され、平成七年度の年休の日数は二三日(一七日+六日)であるところ、同原告は同年度中に一三日と半日の年休を取得した。しかるに、被告は、年休の日数は一〇日であるとして、三日と半日を欠勤扱いとしたものである。

(2) また、原告ゴンザレスの平成八年度の年休は前年度の繰越し分九日と半日を加えて二七日と半日(18日+9.5日)であるところ、同原告は同年度中に一〇日の年休を取得した。そして、平成九年度においては、被告は改定後の就業に関する達により二〇日の年休を付与したから、前年度の繰越し分一七日と半日を加えて三七日と半日であるが、同原告は平成九年四月一日から六月九日までの間に二日と半日の年休を取得した。

(3) 原告ダックは平成三年七月から継続勤務しているから、平成六年度の年休の日数は一二日であり、同原告は同年度中に一〇日の年休を取得した。そこで、残りの二日が翌年度に繰り越され、平成七年度の年休の日数は一五日(一三日+二日)であるところ、同原告は同年度中に一二日の年休を取得した。しかるに、被告は、年休の日数は一〇日であるとして、二日を欠勤扱いとしたものである。

(4) よって、原告ゴンザレスは、平成九年度の年休の残日数が三五日であることの確認を求めるとともに、原告らは被告に対し、平成八年三月分の給与から控除された各賃金及びこれに対する支給日の翌日である平成八年三月一七日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(1) 被告と原告ら語学講師との間の雇用契約は、被告の事業上の必要から雇用期間を最長一年間として毎年度新たに締結されたものであり、年度を超えて継続雇用しているわけではないし、ましてや年休の翌年度への繰越しなどあり得ない。

(2) 被告は、短期集中勤務を必要とする事業の特殊性から、訓練期間の最中に多日数の年休を取得されては訓練に重大な支障が生じるので、従前から原告ら語学講師に対して訓練期間と訓練期間との間(七月初旬から八月下旬まで、一二月初旬から一月初旬まで及び三月下旬から四月初旬まで)に長期の休暇を与える反面、訓練期間中は原則として年休を与えない運用を行ってきた。平成六年度から適用された就業に関する達においても、この従前の運用を変更するものではなく、「訓練期間及び訓練期間前後を除く日」が休日と規定されたが(一九条一号)、これは年休の意味である。このように訓練期間でない時期に長期の休暇が与えられていることを前提に、その二六条において、訓練期間中の真にやむを得ない事由のために一〇日を限度に追加して、いわばスペシャル・フェイバーとして特別に年休を与えることを明記したものである。

(3) 原告ゴンザレスは、当初平成八年度の年休の日数の確認を求めていたところ、これを平成九年度の年休の日数の確認を求める訴えに変更することには異議がある。

第三  判断

一  原告らの平成七年度の年休について

1 原告ゴンザレスは昭和六二年四月一日から今日まで、原告ダックは平成三年七月八日から退職した平成八年一二月二二日まで、それぞれ途中中断することなく引き続き被告に雇用されていたのであるから、その契約の形式に従って一年の雇用期間の定めのある雇用契約が繰り返し更新されたと見るか、期間の定めのない雇用契約に転化したと見るかはさておき、労働基準法(以下「労基法」という。)三九条の適用の上では、継続勤務したものと解すべく、原告らは各年度ごとに同条二項の規定に基づいて算出される日数の年休が与えられなければならない。

また、当該年度に消化されなかった年休については、当該年度中に権利を行使すべき旨を定めた法令の定めは存しないし、労働者に休息、娯楽及び能力の啓発のための機会を確保し、もって健康で文化的な生活の実現に資するという年休制度の趣旨に照らし、翌年度に繰り越され、時効によって消滅しない限り、翌年度以降も行使できるものと解すべきである。そして、この点でも原告らは継続勤務したものとして、未消化の年休は翌年度に繰越しが認められる。

そうすると、平成七年度の年休の日数は、原告らの主張のとおり、原告ゴンザレスは二三日、原告ダックは一五日というべきである。

2  被告は、従前から原告ら語学講師に対して訓練期間と訓練期間との間に長期の休暇を与えており、平成六年度から適用された就業に関する達においても、「訓練期間及び訓練期間前後を除く日」は休日とされたが(一九条一号)、これは年休の意味である旨主張する。しかし、明文上、有給休暇の条項(二六条、二七条)とは別に、日曜日、国民の祝日に関する法律に規定する休日及び年末年始(一二月二九日から翌年一月三日まで)等と一緒に規定された右訓練期間等を除く日を年休の意味であると解することはいかにも無理であるし、仮に当事者の内心の意思はそうであったとしても、使用者は、年休を労働者の請求する時季に与えなければならないのであり(労基法三九条四項)、使用者が予めその時季を指定したり、労使の書面による協定による場合(同条五項)を除き、年休を与える時季に関する定めをすることは許されないから、就業に関する達の右条項が年休を意味するものとすれば、労基法のこれらの条項に反して無効と解するほかない。そして、原告らが、訓練期間及び訓練期間前後を除く日に具体的に年休の時季指定をしたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、訓練期間と訓練期間との間に長期の年休を与えていることを前提に、それ以外にはスペシャル・フェイバーとして特別に与えられた一〇日の年休しか認められないという被告の主張は採用できない。

3  以上によれば、被告が原告らの平成七年度の年休の日数はそれぞれ一〇日であるとして、原告らがそれを超えて年休を取得した日を欠勤扱いとし、その分に相当する賃金を控除したことは違法であり、控除された各賃金額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める原告らの請求は理由がある。

二  原告ゴンザレスの平成九年度の年休について

1  原告ゴンザレスの平成九年度の年休の日数は、前記一において判示した労基法三九条に関する解釈及び改定後の就業に関する達二六条の規定によれば、同原告が主張するとおり、新たに与えられた二〇日に前年度からの繰越し分一七日と半日を加えて三七日と半日と認められる。そして、原告ゴンザレスが平成九年四月一日から六月九日までの間に二日と半日の年休を取得したことは、同原告の自陳するところであるから、残日数は三五日となる。

なお、改定後の就業に関する達二七条には年休の請求に関する規定が置かれ、特に同条二項及び三項において被告の時季変更権の行使について細かい定めがなされているが、労働者の年休の時季指定に対し、使用者が時季変更権を行使できるのは労基法三九条四項ただし書所定の「事業の正常な運営を妨げる場合」に限られるのであるから、就業に関する達の右条項がこの法律の趣旨に従って解釈されるべきは当然であり、労働者の年休権の行使が労基法の規定以上に制限されることがあってはならない。訓練期間及び訓練期間前後とそれ以外の期間における取扱いの差異も、訓練期間中に短期集中勤務を必要とする青年海外協力隊訓練所の事業の特殊性(乙第一号証、証人田上実の証言)から、訓練期間等の方がそれ以外の期間に比べて、被告が時季変更権を行使する可能性が高いことを、予め宣明したものと理解すべきであろう。

2  原告ゴンザレスは、当初平成八年度の年休の残日数の確認を求めていたところ、訴訟係属中に年度が変わったため、平成九年度の年休の残日数の確認を求める訴えに変更したものであるが、請求の基礎に同一性があり、これにより著しく訴訟手続を遅滞させるわけではないから、この訴えの変更は認められる。

3  そして、平成九年度の年休の残日数について当事者間に争いがあるから、その確認を求める原告ゴンザレスの請求は、理由がある。

三  結論

以上のとおり、原告らの本件請求はいずれも理由があるから認容して、主文のとおり判決する。

(裁判官萩尾保繁)

別紙1、2〈省略〉

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